空の宝箱が映す、筆とメス
2026年1月17日
年末年始は,偶然にも定休日が重なり,静かな時間を持つことができました。このひとときをどこで過ごそうかと思案し,親友の暮らす神戸へと足を運びました。
ホテルのロビーに足を踏み入れた瞬間,琴の音が空気をやわらかく震わせ,紅と金の正月飾りが凛とした光を放っていました。祝祭の華やぎと静けさが調和するその空間で,ふと,ある一点に視線が吸い寄せられました。
そこには,キャンバスに向かう見覚えのある背中がありました。
アーティストの TIKI(ティキ)さん でした。

私がTIKIさんを知ったのは,長坂真護(MAGO)さんの活動がきっかけです。ガーナ・アグボグブロシーの廃棄物をアートへと昇華し,その収益を現地へ還元する――。美と倫理が共存するその表現に深く心を動かされ,思想を辿る中で,その弟子であるTIKIさんの作品に出会いました。
TIKIさんは,18年間に及ぶサッカー選手としてのキャリアをパンデミックによって突如断たれ,そこからアートの世界へと舵を切った経歴をお持ちです。その転身は,単なる職業の変更ではなく,まさに“生の再構築”とも呼べる物語です。
2022年,天王洲の「WHAT CAFE」で公開制作をされていた際,作品の奥に潜む切実さと澄んだ熱量に触れ,強い印象を受けたのを覚えています。

それから4年。神戸で再会した彼の背中は,以前よりも静かで,より深い集中を湛えていました。今回はあえて声をかけることはせず,少し離れた場所から,迷いのない筆の運びを見守りました。
代表作のひとつである「空の宝箱」は,初期の頃にはどこか「喪失」の象徴のようにも映りました。しかし,現在の作品に描かれるその箱は,“未来を迎え入れるために開かれている”ように感じられます。それは「欠落」ではなく,可能性を受け入れるための「余白」としての空白です。
その変化は,色彩の深まりや筆致の静謐さにも表れていました。幾層にも塗り重ねられた油絵具は,光を内側に抱き込み,そっと返すような陰影を生み,画面全体に穏やかな温度を宿しています。かつての原色の激しい衝突は影を潜め,代わりに,時間をかけて熟成された色の響き合いが静かに広がっていました。
本日は,阪神・淡路大震災から31年目を迎える日です。
神戸という街は,震災からの復興を経て「破壊からの再生」という記憶を静かに抱えています。祝祭の空気の中,この地でTIKIさんが公開制作を行う光景は,彼の作品が内包するテーマと深く呼応しているように思えました。
その姿を眺めながら,私自身もこの数年の歩みを静かに振り返りました。
臨床の現場で,わんちゃん,ねこちゃん,そしてご家族と向き合う日々。それは劇的な変化ではありませんが,確かな積み重ねとして私の中に「層」をつくり,仕事の輪郭を形づくってくれています。
その層の中には,ご家族との時間からそっと受け取ってきたものもたくさんあります。診察室で交わされる言葉や,迷いながらも愛する存在に寄り添おうとする姿に触れるたび,私自身の姿勢もまた,自然と整えられていくのを感じます。
そうした日々の積み重ねが,気づけば私の背中を静かに正し,少しずつ視野を広げてくれました。TIKIさんの作品が時間とともに深みを増していったように,私もまた,皆さまと出会い,対話を重ねる中で,ゆっくりと形づくられてきたのだと思います。
ロビーに流れる琴の音に耳を澄ませていると,その響きが,散らばっていた気持ちを優しく整えてくれるようでした。日常へ戻る前に,心の中にひと呼吸分の「余白」が生まれた気がします。
新しい年も,目の前の命と,そしてご家族の想いと,丁寧に向き合っていきたいと思います。
三村(晃)

