美景に落ちる惨事の影

2024年3月7日

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先日,カンボジアのコンポンプルック(កំពង់ភ្លុក)という村へ行ってきました。この村の名前は“牙の港”を意味し,エビ漁に従事する人々が暮らしています。日本とは対照的に,気温は36℃にも達し,その寒暖差に私は辛酸をなめました。
この村は,アジア最大級の規模を誇るトンレサップ湖の畔に位置しています。この湖は,シェムリアップの南約10kmにあって,雨季(5月~10月)と乾季では,その面積や水深が激変するのが特徴です。乾季にも広大な湖ですが,雨季には豊富な水が流れ込んで,面積は3倍以上に拡大し,水深も乾季より10m以上増します。 そのため,多くの家や建物は,水位の変動に対応するために高床式で建てられており,高さは6mから10mにも及びます。雨季には家からボートで移動するのが日常です。

このように,季節によって大きく姿を変えるのは,カンボジアの国土を縦断する大河メコン川とトンレサップ川,そして湖が連なっているためです。乾季には湖からトンレサップ川を経てメコン川へと水が流れ出ますが,雨季になると増水したメコン川からトンレサップ川を逆流して湖へと水が戻ります。 この逆流による湖面積は淡水湖としては世界最大級で,最大長は驚異の250kmにもなります。湖の周辺には,多くの人々が湖の恵みを受けて生活していますが,季節によって大きく姿を変えるトンレサップ湖に,彼らは見事に生活様式を適応させています。
私が訪れたのは乾季で,湖畔は水が引いていました。そこには,床を支える無数の柱が林立し,異様な風景を作り出していました。また,湖面には水上家屋が浮かび,その数は2万戸を超えるといいます。水上家屋には,雑貨店や小学校,病院や教会など,陸上の生活と変わらない施設が整っていました。

カンボジアは狂犬病の流行する国の一つで,毎年800人近くがその犠牲となっています。周辺国と比べても犬の数は多く,放し飼いや野良犬の姿が目立ちます。中型の雑種犬が大半を占めており,その殆どが疥癬や膿皮症等の皮膚病に罹っていましたが,それでも彼らは強靭に生きていました。

嘗ては,猫はネズミを駆除する有益な存在として,犬は番犬として飼われることが多かったのですが,今では犬や猫を家族の一員として愛する人々が増えています。しかし,それとは裏腹に,屋台では犬や猫の肉が食用として売られているのも現実です。私は口にしませんでしたが,現地の子供たちは猫の肉は不味いが,犬の肉は絶品だと教えてくれました。

カンボジア大虐殺や医療の未発達により,不気味な程に老人がいない点について,私は深い感慨にふけりました。年少人口(0~14歳)の割合が全体の29.4%に達し,生産年齢人口(15~64歳)は64.7%となっている一方で,高齢人口(65歳以上)はわずか5.9%にすぎません。 さらに,カンボジアでは地雷や不発弾による被害者が7万人近くに上り,手足を失った人々を数多く見かけました。 独裁者ポルポトの残した傷跡を,私は身に沁みて感じました。

カンボジアは,美しい自然と悲惨な歴史が混在する国です。私は,この度の訪問を通じて,その国の人々の生活や文化に触れ,多くの教訓を得ることができました。また,先進国出身の獣医師として,カンボジアの人々や動物たちに少しでも貢献したいと思いました。彼らは困難な環境にもめげずに,生きる力と希望を持っています。私もこの国の人たちを見習って,もっと努力し,学び,成長したいと思いました。

三村(晃)